#8 薬物動態学に出てくる積分の考え方へのモデル授業


高校数学で微分・積分を習うときには、必ず微分から勉強が始まり、微分が終わった後で「積分というのは、微分の逆演算ですよ」という話を先生がして、「∫(インテグラル)」という訳の分からない記号(積分演算子)が出てくる流れになります。そして全く機械的に面積の求め方の公式を使って、面積の計算をやらされれます。まあ、面白くないですよね。その「積分」が薬物動態学にも出てくるわけですが、薬物動態学では、横軸に時間、縦軸に血中薬物濃度をとったグラフが必ず出てきます。これを「血中薬物濃度曲線」といいます。経口投与の時を考えるとわかりやすいですが、時刻(t1)の時の血中薬物濃度を(C1)、(t2)の時の薬物量を(C2)、というようにして、薬物投与時から「薬物が患者さんの体内から完全に出き切ると予想される時間まで」の間、(現実には無理ですが)例えば1分おきに採血して血中薬物濃度を測定し、それを棒グラフにしていきます。(ここら辺は、実際にYouTube動画の中で説明していますので、動画を見ていただけるとわかりやすいと思います。)そうすると、クジラの背中のような「山の形」の棒グラフの束が得られます。この時に、「数学上の話として」棒グラフの時間間隔(すなわち、採血時間間隔)を無限に小さくとると、棒グラフは「ぎざぎざの山」ではなく、「なめらかな曲線としての山」になることは、容易に想像できると思います。この山は「血中薬物濃度曲線の下の部分を表す面積」となり、これを薬物動態学で「Area Under the Concentration curve: AUC」といいます。日本語では「血中薬物濃度曲線下面積」といいます。

上段で説明したように、AUCのグラフを拡大してみると、それは「時間(tn)」における「血中薬物濃度(Cn)」の無限の集合です。この時の「血中薬物濃度は、文字通り「血液中に存在している薬物の濃度」であり、それが薬効を示すことになります。今は経口投与の話をしていますが、「ヒトへの薬物の投与量(D)」が、すべて「血中薬物濃度(Cn)」になるわけではありません。経口投与した時に、吸収もされずにそのまま糞便中に排泄される薬物もあるし、小腸上皮細胞における吸収時に、そこで代謝されてしまうものもあります。また運よく小腸から吸収されても、肝臓で代謝されてしまうものもあります。従って、薬物血中濃度曲線を描いたときに、そこに現れるグラフは、このような「難所」を通り抜けて、首尾よく「薬効を発揮できる状態で血中に入り込んだ薬物」の血中薬物濃度を表しており、それが「薬理作用を表す」と考えられるのです(注意:実はこの話はかなり「端折った」話をしていて、「#3 分布過程のモデル授業」でも話をしたように、血液中の薬物は血漿タンパク質を結合している結合形と、結合していない非結合形に分けられ、「血液中に存在していて薬理作用を示す薬物は「非結合形」の薬物なのですが、話を簡単にするために、血液中に存在する薬物は全て非結合形である、という仮定の下で話をしています)。

そうすると、AUCのグラフの面積は、実際に薬効を持つ薬物の総量と相関関係があると考えることができるわけです。これを「AUCはバイオアベイラビリティー(生物学的利用率)の指標である」といいます。ちなみにバイオアベイラビリティー(生物学的利用率:F)とは「投与した薬物量のどれくらいが血液循環に廻ったか」を示す指標で、容易にわかるように「静脈内投与」では、バイオアベイラビリティー(F)は「1」となります。さて、ここでお話ししたように、薬物動態学Ⅱ(薬物速度論)では、「面積(正確には、AUC)」と「薬効」が切っても切れない関係になるのです。ということは「数学」としてAUCを求めることが要求されることになるのですね。またこのモデル授業ではお話ししませんが、AUCはクリアランス理論のところでも出てきて、結構重要な立ち位置にあります。ということで、「積分(正確に言うと、リーマン積分といって、みなさんが高校数学で行ったような積分のことをいいます)」の演算ができる、ということが必要になってくるのですが、薬剤師国家試験では「以下の数式をt=0から∞まで積分せよ」というような問題は出てきません。「積分ができて、公式を知っている」という前提の下で計算問題が出題されるので、公式を覚えるのが必須となります。しかし、ただやみくもに覚えていても、「意味が分かれなければ使えない」ことになります。

さらに、「計算できない積分」もあるのです。「何を言っているかわからない?」とお思いの方もいるでしょう。紙にx軸とy軸を描き、第1象限にフリーハンドでくちゃくちゃした曲線を描いてごらんなさい。その面積を求めよ、といわれても、フリーハンドでくちゃくちゃと書いた曲線の方程式など存在しませんよね。じゃあどうするか?そのフリーハンドで書いた曲線の上に、方眼紙を当てて升目を数えれば、おおよその面積が求められます。次にはさらに細かいマス目の方眼紙を当てて升目を数えれば・・・というようなことを何回も繰り返せば、フリーハンドで書いた曲線であろうと、真の面積にかなり近い値まで近づくことができるのです。このような「解の求めたかで得られた解」を「数値解」といいます。実はAUC求めるときに使う「台形公式」は、この数値解を求める方法の変法です。ちなみに、皆さんが高校数学で勉強したような積分の解き方で求めた解は「解析解」といいます。

このモデル授業では、「積分の歴史」から始まり、具体的に薬物動態Ⅱで出てくる積分の計算を、他の動態学の教科書ではすっ飛ばしてしまうところにメスを入れて解説しています。是非動画を視聴して、自分の学修のヒントにしていただきたいと思います。

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